Lesson7:654小節〜729小節(楽譜37ページ〜)-第7・8回練習分-
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第九のクライマックス「ドッペルフーガ」-その1-
ここから、ドッペルフーガ(二重フーガ)という部分に入ります。第九は「歓喜の歌」がもっとも有名ですが、このドッペルフーガの部分はこの曲のクライマックスであり最も重要な部分といえます。そこで今回と次回の2回に分けて解説をします。
▼「フーガ」とは
主題(メロディー)を複数の声部(パート)が追いかけあいをしながら、絡み合い進行する音楽。「かえるの歌」などの輪唱とよく似ていますが、かえるの歌は最初に歌うパートのメロディを忠実に真似して追いかける(これをカノンと言います。)のに対し、フーガは、メロディが変形して複雑に絡み合う点が違います。
二重フーガとは、二つの異なる主題の追いかけあいが同時進行する音楽のこと。
▼第九の二重フーガ
具体的には、「よろこびの歌(「歓喜の主題」といいます。)」を少し変形した主題(654小節からソプラノパートによって歌われるメロディです。)を基にしたフーガと、第2主題(「口づけの主題」といいます。654小節からアルトパートによって歌われる付点2部音符が中心のメロディです。)を基にしたフーガが同時に進行します。
すこし、難しいのでわかりやすくしてみましょう。
「かえるの歌」をご存知ですね。よく輪唱で歌われる曲です。輪唱といえば他にもあります。たとえば「かっこう」。♪静かな湖畔の森の陰から〜という曲です。
(前段で書いたとおり輪唱はフーガとは少し違うのですが、わかりやすくするためその点はご了承ください。カノンとフーガは兄弟のようなものですから、ここでの説明には一切支障はありません。)
「かえるの歌」、「かっこう」それぞれメロディーの異なるこの二つの曲を、それぞれ輪唱で歌う、かつ、二曲同時に歌うわけです。
アルトとテナーで「かえるの歌」を輪唱し、ソプラノとバスが「かっこう」を輪唱します。最初アルトが「♪かえるの歌がー」と歌いだし、このときソプラノがアルトの歌いだしと同時に「♪静かな湖畔の森の陰から」と歌う。そこまで行くとテナーが「♪かえるの歌がー」とはじめ、同時にバスが「♪静かな湖畔の森の陰から」と歌いだす。このとき、ソプラノとアルトは他につられないように自分のメロディを歌い進めます。
「かえるの歌」は単調なメロディですが、輪唱することによって、音楽に厚みが出ますね。或いは、大勢でわいわい楽しく歌っている様子が表現できるとも考えられます。これに、さらに「かっこう」の輪唱が加わることで、よりその効果は増大します。
♪「かえるの歌」の輪唱→
(クリックすると演奏が始まります。)
♪「かっこう」の輪唱→
(クリックすると演奏が始まります。)
♪「かえるの歌」「かっこう」を同時に演奏→
(クリックすると演奏が始まります。)
さて、第九の二重フーガでは最初ソプラノとバスが「歓喜の主題によるフーガ」を演奏し、アルトとテナーが「口づけの主題によるフーガ」を演奏しますが、ひととおり終わると、今度はソプラノとバスが「口づけの主題によるフーガ」、アルトとテナーが「歓喜の主題によるフーガ」という風に入れ替わります。つまりソプラノ・バスのペアは最初に「かっこう」を輪唱し、アルト・テナーペアが「かえるの歌」を輪唱します。それぞれ1回どおり終わると、今度はそれぞれのペアが曲を交換して歌うというわけです。
♪「かえるの歌」と「かっこう」を第九風に構成してみると→
(クリックすると演奏が始まります。)
とても大勢の人が、歌を歌いながら喜び合っている様子が想像できませんか?・・・違う歌を歌っているけれども、きっちり調和していますね。
(※「かえるの歌」と「かっこう」は何の関係もない別々の曲ですので、完全に調和とまでは言い切れない部分がありますが、おおめに見てください。)
「すべての人々は皆兄弟となる。」第九の歌詞、ベートーベンがこの交響曲を通じて伝えようとしたメッセージです。このテーマを最も効果的に表現するための作曲技法として、ベートーベンは二重フーガという技法を用い、異なる二つのメロディを融合させることで、すべての人類が兄弟となる様を表現しようとしたのではないかと思います。
さて、第九の第四楽章は演奏時間25分から30分という長大な楽章です。曲の構造も複雑で難しい部分が多いのですが、分解してゆくとわずか2つのメロディがその中心となっているのです。ひとつはいわずと知れた「歓喜の主題」。もうひとつは595小節の男声パートに登場する「口づけの主題」です。複雑で長大なこの曲はすべてこの二つのメロディ、又はその変形によって成り立っているといっても過言ではありません。594小節までは、「歓喜の主題」のみで曲が展開し「口づけの主題」が登場することはありません。「歓喜の主題」は快活なテンポで、高らかに響き渡り、練習番号Mで頂点に達しますが、次の595小節から突然「歓喜の主題」は完全になりを潜め、代わって「口づけの主題」が曲を支配します。ゆっくりとしたテンポで曲の雰囲気も全く別の曲が始まったようです。ここまでお互い交わることのなかったこの二つの音楽は654小節に至って二重フーガにより融合するという具合です。この点においてもこのフーガが曲のクライマックスであることを裏付けています。
ベートーベンはこのフーガの始まりの部分を、かなり劇的に演出しています。「口づけの主題」を中心に展開してきた祈りのような音楽が653小節で非常に弱く終わり静寂の中に消えてゆく。一瞬の完全な静寂を切り裂くように、ソプラノとアルトにより高らかに二重フーガが開始されるのです。バイオリンの細かな動きとあいまって、天上からきらきらと音楽が降り注ぐ情景を感じさせます。
二つの異なるメロディーが絡み合い融和た音楽は、正に「すべての人々が兄弟となる」様子であり、或いは、楽園の乙女(Tochter aus Elysium,)の祝福や、美しい神々の閃光(schöner Götterfunken)を感じさせます。
次回Lesson8では、このフーガを歌うときに気をつけることについて解説します。